画家 小林正人
小林正人さんの絵が好きで、先日GINZA SIXの蔦屋書店で作品「この星のモデル」が販売されていた売場に遭遇したのですが、吸い込まれるようにずっと見入ってしまいました。
書店の1コーナーにガラスケースに入った2つの作品はそれぞれ0号サイズのとっても小さい作品で、小さい作品だからこそ細かなキャンバスのディテールが目に入ってきて、ガラスケースに遠慮なく顔を近づけて見続けていました。周りの人から見れば、一点をただ凝視している不審者に映ったかも知れません。10分くらい見続けていたでしょうか。あるいはもっと長い時間だったかも知れません。時間をかけて鑑賞しても、なお奥深い作品のその先があるようで飽きなく時間が過ぎていきました。
この星の絵の具
蔦屋書店で作品が販売されていたのは、ご本人初の自伝となる著書「この星の絵の具[上]一橋大学の木の下で」が刊行されたタイミングと言うこともありそうです。本記事は読書後のレビュー記事です。
筆者は先ほどの作品を鑑賞後すぐ、タイミング良く出版社の方より謹呈いただきましたので、運良く本書を手に取りました。そして、あっという間の一気読みで読了しました。作品同様にグイグイと引き込まれるような、飾らない自伝形式の成長ストーリーでした。
美術に対する理論的な分析や、美術史の文脈を辿るなどという批評的アプローチを一笑に付したくなるような、人間的でそれでも芸術家たるような、時に激しく、時に繊細な作家の若き時代の物語が描かれています。
佐谷画廊から来る企画展の打診から始まる現ShugoArtsオーナーの佐谷周吾さんとのやりとりは、アートの現場の生々しい会話がそのまま残されていて、日本を代表するような作家の若い時代が生々しい手触りで現代に再現されています。
特にポイントとなるエピソードは小林正人さんが高校時代に出会った女性教師との微妙な関係性とその結末について。
作家人生へとつながっていくストーリーは、若く、激しく、切なく、読者も心動かされていく様がご本人によるリアルな文章で綴られています。
本書は小林正人さんの作品図版も含まれています(全16P)。読み進めながら合間に作品を確認することが出来るのは嬉しいポイントですね。作品制作の記述や、文章から伝わる絵画的な表現も素敵です。
キャンバスを組みながら、直接手を使って描くスタイルが特徴的な小林正人さん。
oil on canvasならぬ「oil with canvas」という言葉で表現するように、絵と一体になるような没入するメンタリティに驚かされます。作品制作に向き合う時の思考や行動が丁寧に再現されていて、物語を読み進めるうちに芸術家としての凄みを感じるようになりました。
本書は1996年頃の記述までで1つの区切りを迎えています。
次の巻では、現代アートキュレーター「ヤン・フート氏」からベルギーゲントに呼ばれる「海外編」が展開されるような予感を感じさせます。
全3巻の出版が予定されている中での、本書は前半戦の物語です。若き作家小林正人の成長ストーリーは、この後どういった展開になるのか?読者が引き込まれるのは、テンポ良くご自身が本人の言葉で赤裸々に書かれていることも大きいのではないでしょうか。
まとめ
小林正人さんの作品に引き込まれる理由は、作品本来の完成度にあることはもちろんです。
読後に作品を見直してみると、以前見たときよりも一層輝きを増していて、キャンバスに描かれている絵の具の背後から強いエネルギーが放たれているように感じます。
- 類例の少ないペインターの成長物語
- 飾り気のない言葉の自伝
- テンポよく読ませる文章
- 生々しい作家人生の赤裸々な内容が描かれる
- 挿入されるカラー作品図版の数々
早くも次の章を読んでみたくなっています。
アート好きや美術作家の方にオススメしたい書籍です。
INDEX
一 絵画=空 1985-1986
そこに描くんじゃ、遅すぎる!(美しい四角)
周吾
二 太陽に描いてもらう/拾ったパネル
クリスマス ホワイト 1989-1990
三 空戦 1990-1991
キャンバスを張りながら手で描く!
空戰をする〝或る場所〟
オープニング (四月十七日)
春の嵐〜作品=音楽
五月三日の朝だった
四 昔々あるところに……
「小林くん、画、描いてみない?」
新品の絵の具セット
初めての画
先に寝たやつ相手を起こす(眠りと死)
五 絵画の子 1992-1996
新しい光
国分寺の画材屋
明るさについて
ライトくん
約四角、約平面のオイル・ウィズ・キャンバス!
トワイライト――マジックアワー
一橋大学の木の下で
存在することで失墜していないもの
この星の絵の具――たくさんの明るさ
図版
概要
著者:小林正人
書名:「この星の絵の具[上]一橋大学の木の下で」
ページ:160ページ(作品図版等カラー16ページ、モノクロ144ページ)
製本:ソフトカバー
サイズ:文庫判
デザイン:木村稔将
ISBN:978-4-908122-10-1
2018年12月刊行