【読書評】コレクターとして読んでみた〜原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」

原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」

1959年(昭和34年)6月10日に開館した国立西洋美術館が60周年を迎えた2019年6月。

日本の青少年のために本物の芸術を届けたい!という大義を掲げながら、美術館を建設を夢見ていたコレクター松方幸次郎氏のコレクション展が開催されるタイミングとなりました。

このタイミングを念頭に編集された新刊がアートを軸にする小説家、原田マハさんの「美しき愚かものたちのタブロー」です。

原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」

本書は「史実をベースにしてフィクションを書く」という原田マハさんの真骨頂とも言える作品です。

松方幸次郎

最も中心的に描かれている登場人物の「田代雄一(実在のモデルは矢代幸雄)」を取り巻きながら、松方コレクションを築いた本人「松方幸次郎」、日本にコレクションを返還させる仕掛け人「吉田茂首相」、コレクションを戦禍から守り抜いた「日置釭三郎」たちが繰り広げる物語です。

あらすじ

本書は「日本の青少年のために本物の芸術を届けたい!」という想いで日本に美術館を創りたいとコレクションを買い続けた実業家・松方幸次郎の残した足跡を紡ぐ物語です。

4人の男たちと松方コレクションの命運

日本人のほとんどが本物の西洋絵画を見たことのない時代に、ロンドンとパリで絵画を買い集めた松方幸次郎は、「審美眼」を持ち合わせない男でした。それゆえ、絵ではなく人を見て買っているという状況でしたが、アドバイザーとしてギャラリーや作家のもとへ随行したのが、本書の中心人物である田代雄一。彼を指名した首相吉田茂や、戦時下のフランスで絵画コレクションを守り抜いた日置釭三郎を含めて、緊迫した返還交渉の描写や、それぞれが関わり合う交友関係が広げられています。
4人の男を中心に繰り広げるストーリーは、現在の国立西洋美術館に繋がっていて、伝記小説としての面白さを含んでいます。

フィクションとはいえ、参考文献は多岐に渡り、綿密な取材も行われていたそうです。

美術と4人の男たち

心を打たれるのは4人の男やそれを取り巻く関係者が進むまっすぐな西洋美術への想いです。
その様子は、日本で初の西洋画を展示する美術館の建設への思いに繋がっていて、先人たちの強いエネルギーに心打たれます。


松方幸次郎の豪快な気質と財力を背景にした美術作品の大量購入は、現在の西洋美術館に保管されているコレクションに繋がっていますが、実業家として仕事をしながらも、欧州での美術品を購入する行動力と現地美術関係者への振る舞い方には、男が憧れる魅力を多く含んでいます。

吉田茂首相の交渉術には改めて感服します。
フランスに接収された大量の価値ある美術作品を寄贈返還の流れに引き込んだエピソードにはゾクゾクと来るものがありました。

また、本書は田代雄一(実在のモデルは矢代幸雄)の視点を中心に構成されています。若き美術史家が様々な人間劇に巻き込まれながら成長していくストーリーは、原田マハさんならではのタブローのような筆力によって、豊かな色彩が飛び込んで来ます。

物語の後半に置かれた日置釭三郎の役割と生き方はとても印象的でした。
アートとは無縁だった日置釭三郎がアートによって生き方が翻弄されていく様はミステリーのようです。
日置がアボンダンに疎開させた松方コレクション作品がどうやってパリへ戻ったのか?それがなぜパリの国立近代美術館に保管されフランスが接収するに至ったのか?今でもよく分かっていないようです。彼のことをもっと深く知りたいと思いましたが、解明されることはないのかも知れません。

4人それぞれのキャラクターが描かれていて、魅力的な人物劇となりました。

コレクター視点で気がついたこと

本書を読んで気がついたことを「アートコレクターの視点」でまとめてみました。
自分自身への戒めやコレクターとしての気づきを含んでいて、示唆に富んでいました。
以下は筆者のまとめですが、読者それぞれが持つ感想があることでしょう。

  1. 所有作品のリストを作ろう
    松方コレクションは正確に把握しきれてなかったようです。コレクションの全貌は今も解明できておりません。
    万が一のために事前にコレクション作品のデータベース化が必要なのかも知れません。
  2. 美術作家との直接会話や作品購入
    絵だけではなく人を見て買っていた松方さん。ギャラリーを通じて購入する商慣習があったフランスでも、作家と直接接触して購入する機会が多かったようです。作家との直接的な関わり合いによって、作品や人格や相性など様々な要素が購入の意志決定につながっていたようです。
  3. 保管の問題
    松方コレクションの一部は焼失したり、戦時下の混乱などで行方がわからなくなった作品も多くあります。
    作品購入後の保管問題をキチンと行うべきですね!筆者は最近トランクルームを契約しましたが、作品のための保管だけではなく、次の世代にに繋げる作品本位のあり方に考えが及んでいきました。自分の死後に所有作品をどう取り扱うべきなのか・・・?
  4.  美術アドバイザー
    本書の主人公の一人でもある美術史家「田代雄一(実在のモデルは矢代幸雄)」や成瀬正一さんが松方コレクションの目利きになったように、美術史の文脈に準えながら作品購入のアドバイスをしてくれるって、私もお願いしたい分野です。
  5. コレクターの矜持
    一部のコレクターかも知れませんが、名品を持ってるとか、美術という鎧を着て自分を大きく強く見せたいとか、アートコレクターとして、色んなエゴを含んでいると思います。
    コレクターは所有した作品についての責任を背負っているということに改めて気がつきました。
    大義を持ってコレクションしていた日本人が私たちが生まれる前に確かに存在していたことを誇りに思います。

国立西洋美術館

まとめ

本書には、カバーも含めて図版の掲載が一切ありません。西洋美術館への導線を作る装置のような役割を含むような、原田マハさんの想いが込められているようです。是非美術館で確認したいと思います。

読了して感じることは、西洋美術館や松方コレクションを見る視線が変化したことです。本書発売タイミングで企画された「国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展」(開催期間:2019年6月11日〜9月23日)をさらに楽しめるようになりました。

企画展に間にあわせるようにまとめられた本書ですが、物語の後半がやや駆け足になっているように感じました。
続編があるとすれば、西洋美術館の建設に至る舞台裏が覗けるような企画が待たれます。

美術好きもこれから美術に触れる方にも分かりやすく楽しめる内容になっていると思います。

マハさんのインタビューが掲載されていました。