【受賞展】第7回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展@上野の森美術館

日経日本画大賞展

3年に1回の開催となっている「東山魁夷記念 日経日本画大賞」にお伺いしてきました。

同賞は、次代の美術界を担う新進気鋭の日本画家を表彰する制度として日本経済新聞社が2002年に創設しました。新進気鋭とは言え、40代50代の作家、藝大の教授など、ベテラン勢も顔を揃えたり、毎回入選する作家なども複数いて、賞のポジションや仕組みが確立していない感もありますが、なかなか見応えがあって良い展示でした。※受賞資格が満55歳ということです。遅咲きの作家も支援していると言うことなのでしょう。

全部ではありませんが、作家作品のご紹介と作家さんのコメントをレポートしておきますが、購入した図録には推薦者の作品批評があって、これがなかなか面白かったです(良くも悪くも)。

大賞 浅見貴子

大賞の賞金が500万円というなかなかデカい賞であります。見事そのチケットをもぎ取った浅見貴子さん、上手いなぁ・・・というのが第一印象。桜の木を墨で描く難しさを感じさせないお見事さ。広がりのある空間に桜の木の立体感が絶妙に表現されてます。

報告を受けた時は、本当ですか?という感じ。まさか大賞とは思っていませんでした。公園にある実物の桜をモチーフにしたのですが、普段は梅や柿などの庭の木をモチーフにしているので、こんなに大きなものを画面にするにはどうしたらいいだろうと最初は呆然としました。自信がつくまで観察とスケッチを繰り返し、その下絵を元に、木を前にした時の感覚を連続した点で置き換えていく感じで描いています。梅や柿と違い、桜は枝が細くしなやかなので、細い線や小さめの点でグレーを大切にするとともに、余白のとり方にも工夫をこらしました。ある程度、描いた時に何か立ち上がってきた感じがあったので、それを大切に仕上げた作品です。

浅見貴子「桜木影向図」2015年

青木香保里

この作品は私が大学院生だった頃に制作したもので、こうしてまた展示の機会をいただいたことを本当にうれしく思います。私は元々、墨や顔料などの研究をしていたのですが、そのような限られた素材を使い、二次元という限られた世界で、いかに空間や生命を表現できるかを動機にして描いています。生き物の流動感をダイレクトに感じることのできるクラゲの形を元にしたこの作品は《境界》というシリーズで、画面ごとに分かれていますが、実は右も左も天地もなく、どこにでもつながる構成。2枚で1セットとしていますが、組作品になりすぎないよう少しのズレを意識しています。また、制作自体も下地を作らず一発描きで行っており、経験と偶然性を織り交ぜて描いていくのもテーマの一つになっています。

 

青木香保里「境界Ⅺ、境界Ⅻ」2015年

蒼野甘夏

学芸員の方から推薦の話は聞いていましたが、驚きのひと言です。光栄な気持ちと畏れ多い気持ちと半々ですね。最近様々なメディアからの情報を目にするのですが、世の中に溢れる情報をたくさんインプットするよりも、もしかしたら昔の古事記などの物語をじっくり読むほうが自分のためになるのではないか、男女の役割の捉え方、世の中の仕組み、自分の内面を正確に掴めるのではないかという気持ちから、古事記をテーマに描いた作品です。伊邪那岐と伊邪那美はどんな顔をしているだろうと想像で思い描きました。描いているのが本当に楽しかったです。

 

蒼野甘夏「伊邪那岐 鬼払図、 伊邪那美 月読図」 2017年

浅野友理子

浅野友理子さんは初見でしたが素晴らしい作品でした。絵が生きているというか、動いているようなエモさがあります。

作家のコメント
元々、油絵を描いており、日本画とは絵の具の使い方も違うと思うので、入選したことに驚きました。でも、素直にとてもうれしいです。私は色々な地域の昔からの暮らしを取材して、それをもとに作品を描いています。《女将の薬酒》の制作にあたっては、実際に東北地方の温泉地で薬酒を作っている女将さんにやり方を聞いて、自分自身でも作ってみました。そこで得られた体感を、作品を通して表現しています。油絵の具と日本画の岩絵具を両方使った異素材のぶつかる感じが、土地のエネルギーや強さとして反映されていればいいなと思います。

浅野 友理子「女将の薬酒」 2017年

荒井経

藝大の先生、新進気鋭どころか古参の域に入るような立場のお方ですが、さすが上手いよなぁ、ずるいよなぁ・・・と思いながら拝見。降参です。

これまでとは作風をガラリと変えて発表した作品です。昨年の秋に発表し、その後すぐ推薦を受けて入選でき、こうして紹介していただいて大変ありがたいです。以前は画像的な表現が中心でしたが、このシリーズからは身体動作的な、線を引くことの集積で作品を創るように思い切って方向転換してみました。下描きもスケッチもせず、枝の分かれ方のパターンを筆使いに落とし込み、体で覚え込んだリズムでどんどんと描いていきました。枝が分かれて広がって、広がって、広がりきったところまでが画面。天井高だけは先に決めましたが、画面のサイズは決めずに描いていった作品です。

荒井経「樹象 二」2017年

加藤良造

とにかく横に長くて、絵巻のような作品。人間の視界を越える画角を表現してますが、引きで観るより動きながら見ると味がありますね。

何度か推薦されたことはあるのですが、入選したのは初めて。年齢的にも今年が最後だったので、喜びと同時によかったというのが正直な感想です。私が描き始めた時代は日本画の幅を広げていく動きが主流で、日本画のはじまりについては目が向いていなかった。その原点に目を向けた先にあったのが、見たままではなく「考えを描く写実」。では、その考えとはどこを見て、何を思い描いていたのか…と深掘りして辿りついたのが中国の山水画でした。現実の自然と、自分だけではない社会全体のイメージをブーストさせて描いています。

加藤良造 「三境図」 2017年

椎名絢

歪みを操って、モノにした名作品。中庭をモチーフに採用したことも勝利の要因でしょうね。

入選については、驚きと、うれしさと…、驚きのほうが大きいですね。この作品は、全国にいくつか残っている昔の遊郭などを巡って描いているものの一つです。日本画の王道ともいえる美しい場所ではない、忘れ去られてしまいそうなものの中にある面白さ、それが存在している意味を考えながら、あえてそういう場所に行って描いています。スケッチをそのまま絵にすると、魚眼レンズのような歪んだ感じになりました。きちんと手入れされていない茫々とした庭を見た時の、時空を超えたような印象が歪みとして無意識に出ているのかもしれません。

 

椎名絢 「宿・中庭」 2015年

田中武

田中武さんは、今後ビッグになっていくような予感を感じる作家さん。直近で開催していた小林画廊でも大きなキャンバスを小さく見せる作品のパワーを感じます。

今回、制作した『斉唱~神7の唄~』は、難福(なんぷく)を主題に置き、黒い土嚢袋の上で歌っている7人の女性を描いています。

雑草が生い茂る土嚢袋は、福島などに広がりつつある汚染処理土。黒いピラミッドなどと呼ばれているものですが、今、それらは劣化し始め、そこから土が漏れ、雑草が生えだしています。その現状を“難”として捉えているわけですが、その上に“福”の象徴である七福神をイメージした7人の女性を描きました。彼女たちが着ている服には、日本にある原発と同じ数だけのポケットがあります。これから私たちに訪れる“福”には全てこうした“難”が付き纏うけれど、それでも“福”を願うことは出来るはずだという意味合いを以って制作にのぞみました。

中途半端な態度になる危険性を恐れずに言えば、私は原発に関して、右だ左だといった極端な答えに寄りかかり過ぎず、死ぬまでその狭間で考え続けなければならない問題だと考えています。その中で、この作品を以てして「原発は悪だ!」とか、ましてや「善だ!」などと言いたいのではなく、この原発に囲まれた世界、そしてそこで生み出された“難”と“福”を受け入れながら、生きていかなければならない現状と覚悟を表現したいと考えたのです。その思いを形にするため、今回制作した『斉唱~神7の唄』では、円山応挙『七難七福図』を発想のもとにしながら、小磯良平『斉唱』、日本二十六聖人記念碑『昇天のいのり』などを参照しながら描いています。

自身の身の回りにある個人史的なものから、国全体を取り巻く社会的なものまで、ミクロにもマクロにも難福は存在します。それを絵画として表現することが私の仕事です。

《斉唱 ~神7の唄~》 280×390㎝ 2017年  麻紙、アクリル絵具、水干絵具、墨

この「斉唱-神7の唄-」ですが、小磯良平「斉唱」をイメージさせる作品です。

七福神をイメージした7人の女性たちが汚染土と思われる土嚢袋の上で明るく歌う様が描かれています。コスチュームに付けられたポケットは55個。日本にある原発と同じ数のようです。沢山あるんですね。

谷保玲奈

筆者だけかも知れませんが、谷保玲奈さんの独特の色彩感覚は、絵画と言うよりも映像モニターから出る発色を感じるのです。鮮明で目に鮮やかなその色使いは他にない存在感を示しています。

新聞を読んで本当に入選したんだと知りびっくりして、よくわからないけど泣きました。すごくうれしくて、これからも頑張ろうと本当に強く思いました。タイトルの《ウブスナ》は自分が産まれた土地を意味する「産土」からきています。スペインのマヨルカ島に滞在した時、山や空気、そこにあるものと毎日対峙しているうちに、自分がその土地と一体化しているような不思議な感覚を描きたいと思ったのが制作のはじまりです。基本的に身近なものをモチーフにして描くことが多いのですが、スペインで食べたムール貝やスーパーで買ってきたザクロなど、その時の衝撃が忘れられないものたちを織り交ぜて描いています。

 

谷保玲奈 「ウブスナ」 2017年

長澤耕平

都市の風景を主題にずっと制作をしていて、この作品は大学博士課程修了の集大成として描いたものです。都市の町並み、建物の一つひとつをひたすら描き連ねていくというスタイルのなかで、大きくすれば大きくしただけパワーのある画面になると思い、物理的な環境が許す限りのサイズで制作しました。日本画といえば花鳥風月ですが、東京で生まれ育った私にとっては大自然よりも街の風景のほうがより身近で、おのずから存在しているもの。都市計画の行き届いたところを上から見ると、マス目状になっているけれど、そこから外れた周辺部になると勝手に街が広がってぐちゃぐちゃしていく。それはとても生物的でもあり、人間が作り出した”自然”というのが表象されている部分なのではと感じています。

長澤耕平 「ある都市の肖像」 2014年

中澤美和

味があって色使いがシンプルなのに引き込まれる力を持った作品です。

学生の頃から憧れていた賞に入選することができてとても感動しました。この作品を描こうとする半年ほど前に二人目の子どもの妊娠がわかったのですが、ちょうど同じ頃、母が倒れて…。産まれること、死ぬかもしれないこと、命に対して切実に考えなくてはいけないことが重なり、先に進むためには、今感じていることを何かしらの形にして出さなければいけないという切羽詰まった感じがありました。描きたいから描くということではなく、初めてテーマ性をもって、自分と向き合いながら描いた作品です。

中澤美和 「環る景色」 2017年

山本雄教

筆者も引き込まれた図録に触れるコメントに共感を持ちましたが、この1円玉をひたすら濃淡描き続け、タイトルにも込める面白さ。作品の前で自らが最も動いてしまった作品。

高校時代の恩師に日経日本画大賞展の図録を見せてもらったのが美術に触れた原体験の1つです。今回の入選は、喜びの気持ちとともに、今後の制作の糧になると思います。フロッタージュという技法を使い、貨幣の最小単位である1円硬貨で描き出した群像は、閉塞的な社会における人間像をあらわしています。1円玉を羅列するというデジタル的な表現と、こするというアナログ的な表現を併せつつ、今の人間は果たしてどこへ向かうのかということを考えながら描いた作品です。離れて見ると、この絵には何が描かれているかがわかる。物事を近視眼的にとらえるのではなく、引いてみることの大切さも感じ取ってもらえるとありがたいです。

山本雄教 「One coin people -15480円の人々-」 2017年

賀あさみ

「黙」、と言うか「闇」を感じる作品。しかしその闇は奥深くて複雑で、影の中から色が現れてくるようなリアリティがあります。

日本画のフィールドで発表する機会は少ないのですが、私の作品は今まで学んできた東洋美術や日本画をベースにしているので、今回の入選は励みになりますし、うれしいです。私は墨やカラーインクなどを使ってドローイングした透過性のある薄い布地を何層にも重ね合わせて一つの作品を制作しています。天井から垂れ下がったもの、床置きのものなど、展示空間と呼応するように創るのですが、今回は一つの画面の中で、一つの絵として構成してみました。展示場所の光の設定、絵の具や墨の色味、そして影。影がつくる色味や暗さも奥行きを生み出す要素です。それら全部を考慮に入れて、最終的な形を想像しながら制作しました。

賀あさみ 「黙」 2017年

 

3年後の展示も楽しみです。

概要

第7回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展

2018年5月18日(金)~ 5月28日(月) 上野の森美術館

開館時間 午前10時~午後5時(入館は閉館の30分前まで)*会期中無休
会場 上野の森美術館(〒110-0007 東京都台東区上野公園1-2)
入館料 一般500円、大学生300円
*高校生以下無料
*20名以上の団体は各100円引き
*障害者手帳を持参の方とその付添の方1名は無料
主催 日本経済新聞社
協力 日本通運