【個展】作家25年間の集大成〜塩田千春「魂がふるえる」森美術館

塩田千春「魂がふるえる」

プレスが集まった記者会見の席上、塩田千春さんご本人自らがガンの再発に触れる場面がありました。
想いが溢れたのか、ご自身でも言葉に詰まり、しばらく会場が静まりかえりました。
少しの間があって、キュレーター片岡真実さんの空気を変える絶妙な切り返しがあり、塩田さんだけではなく、筆者の意識も巻き戻されたようで、ほっとした気分になりました。
塩田さんのお顔がすぐ見える記者席に座っていた筆者は、その場面と空気に触れながら、闘病の厳しさの一端を感じるものでした。

塩田千春「魂がふるえる」会場入り口付近

今まで、展覧会が好きでそれだけが生きがいで、作品を作ってきました。
どうにもならない心の葛藤や言葉では伝えることができない感情、説明のつかない私の存在、そのような心が形になったのが私の作品です。
一昨年、12年前の癌が再発しましたが、死と寄り沿いながらの辛い治療も、良い作品を作るための試練なのかもしれないと考えました。
この展覧会では、過去25年分の作品を発表します。
裸になった私の魂との対話を観てください。

塩田千春

来場者は会場へと続くエスカレーターのある吹き抜けの空間にある作品 《どこへ向かって》から鑑賞が始まります。
高さ11メートルの天井から吊られた65艘の舟は、美術館の入口で観客を出迎え、展覧会という旅へと誘います。

塩田千春 《どこへ向かって》 2019年

《手の中に》
今にも壊れそうな儚い造形物が、子どもの両掌のなかで守られています。塩田はギャラリーを覆いつくす糸のインスタレーションを通して、空間に潜む目に見えない存在を視覚化してきましたが、掌にそっと収まるこの抽象的なモチーフは、彼女の身体に内在する生命、あるいは魂を表現しているようでもあり、展覧会の副題である「ふるえる魂」も連想させます。

塩田千春 《手の中に》 2017年 ブロンズ、真鍮、鍵、針金、ラッカー 38×31×42 cm

《不確かな旅》
会場に入って最初のインスタレーションは、真っ赤な糸で覆われた空間に、フレームだけの舟が配された作品です。2015年のベネチア・ビエンナーレ日本館での展示では、古いベネチアの伝統的な舟の上部に、夥しい数の鍵が吊られていましたが、《不確かな旅》では舟はより抽象化され、赤い糸で埋め尽くされた空間は、不確かな旅の先にある多くの出会いを示唆しているかのようです。

塩田千春 《不確かな旅》 2016年 鉄枠、赤毛糸

塩田千春 《不確かな旅》 2016年 鉄枠、赤毛糸

《静けさの中で》
塩田が幼少期に、隣家が夜中に火事で燃えた記憶から制作されたインスタレーション。燃えたグランドピアノと観客用の椅子が、黒い糸で空間ごと埋め尽くされる作品です。音の出ないピアノは沈黙を象徴しながらも、視覚的な音楽を奏でます。

塩田千春 《静けさの中で》 2008年 焼けたピアノ、焼けた椅子、黒毛糸

塩田千春 《静けさの中で》 2008年 焼けたピアノ、焼けた椅子、黒毛糸

《時空の反射》
身体を覆う皮膚のように、ドレスは自身の内部と外部の境界を象徴します。そのドレスが黒い糸で埋め尽くされた空間に浮かぶことで、不在の存在を感じさせます。また、鉄枠に囲まれた空間を半分に仕切る鏡の両側にドレスが吊られていることで、虚像として鏡に映るドレスと反対側の空間に実際に在るドレスが、観る者の意識のなかで混在します。

塩田千春 《時空の反射》 2018年 白いドレス、鏡、鉄枠、Alcantaraの黒糸

《内と外》
1996年にドイツに移住し、現在はベルリンを拠点とする塩田は、ベルリンの壁の崩壊から15年後の2004年頃より、窓を使った作品を制作し始めました。当時ベルリンでは再開発が進み、多くの建物が取り壊されてゆくなか、塩田は廃棄された窓枠を集めて歩きました。窓はプライベートな空間の内と外の境界として存在しますが、東西ドイツを分断した壁も連想させます。《内と外》は2009年から制作され、いくつかのバージョンがありますが、本展では約230枚の窓枠を用いた作品を展示します。

塩田千春 《内と外》 2009年 古い木製の窓、椅子

《集積―目的地を求めて》
約430個のスーツケースが振動し続ける本作は、塩田がベルリンの蚤の市で見つけたスーツケースの中に、古い新聞を発見したことをきっかけに制作されています。あらゆる物はそれぞれの記憶を内包していますが、ここではスーツケースが見知らぬ人の記憶、移動や移住、あるいは難民として定住先を求める旅など、人生の旅路そのものを示唆しているようでもあります。

塩田千春 《集積―目的地を求めて》 2016年

《行くべき場所、あるべきもの》
どこからか集められた私的な写真、新聞の切り抜き、建物の瓦礫など、失われた過去を示唆するオブジェが古いスーツケースに詰められています。誰かの形見や記念品などの記憶を、約束の無い未来に向かって運ぶスーツケースは、不確かな世界に生きながらも、存在の確かさを求める人々の思いを体現しているようです。

塩田千春 《行くべき場所、あるべきもの―写真》 2010年 スーツケース、写真、糸、他

《外在化された身体》 ※新作
2017年の癌再発と闘病以降、塩田の作品に身体のパーツが使われるようになります。その背景には、治療のプロセスでベルトコンベアーに乗せられるように、身体の部位が摘出され、抗がん剤治療を受けるなか、魂が置き去りにされていると感じた経験があります。不在のなかに生命の営みの存在を感じてきた塩田にとって、身体を作品に使うことは、その不在を想像することなのかもしれません。

塩田千春《外在化された身体》(部分)2019年

平面作品も展示されていました。

舞台美術に取り組んできた塩田さんの仕事

まとめ

本展の開催が決まった翌日にがんの再発が発覚し、開催日までの2年間、どうやって生きていけば良いか?という状態からはじまったのがスタートだったそうです。生死に寄り添って考えてきた時間は、新作にも大きく影響しているようです。

冒頭のエピソードで言葉に詰まる塩田さんに片岡真実さんが挟んだ切り返しが「出来映えは?」という質問でした。
撮影可能な森美術館ですから、SNSを通じて本展の様子は写真画像を通じて見る機会も多いことでしょう。しかし、この塩田さんが作り上げたインスタレーションの空気までは伝わらないはずです。
塩田さんは直接的に出来映えについての言及はしないで「まだ実感はありません」というものでした。
しかし、この美術館の大きな空間に立てば、作品の力に圧倒されることでしょう。そして、自分のココロがザワザワとざわめくような、まさに魂が震える体験に繋がっていくと思います。

塩田千春さんがさらけ出した魂が、ここにあります。
是非とも美術館に足を運んで頂きたいと思います。

概要

塩田千春
魂がふるえる
会場:森美術館 港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F
会期:2019年6月20日(木)~ 10月27日(日)
時間:10:00~22:00(最終入館21:30)
※火曜日のみ17:00まで(最終入館16:30)※10月22日(火)は22:00まで(最終入館21:30)