カタストロフと美術のちから展
六本木ヒルズ・森美術館15周年記念展として「カタストロフと美術のちから展」が森美術館(六本木・東京)で開催しました。約40組のアーティストが集まり、それぞれがカタストロフ(大惨事や悲劇的な事件)に対する思いや考えを作品に表現しています。
本展は大きく2つの構成で組み立てられています。
- セクションⅠ:「美術は惨事をどのように描くのか―記録、再現、想像」〜震災、戦争、事故、疫病、金融危機などの大惨事やもっと個人的な災難を美術がどのように描いてきたか。
- セクションⅡ:「破壊からの創造―美術のちから」〜大惨事からの復興・復活に際し、美術が果たせる役割や美術が持ちうる「力」について。
セクションⅠ:美術は惨事をどのように描くのか―記録、再現、想像
セクションⅠでは、地震、津波などの天災や事故や戦争といった人災から、個人的な悲劇を表現した作品までを幅広く紹介しながら、「美術が惨事をどのように描いてきたのか」に焦点を当てます。
惨事を扱った作品と一言で言ってもその手法はさまざまで、写実、フィクション、極端な抽象化など多岐に渡ります。また、2008年の世界金融危機を引き起こした現代のグローバル化したバーチャルな資本や、福島の原子力発電所事故などに見られる放射能汚染など、目に見えない脅威を可視化する作品も含まれます。
惨事を美やユーモアを混じえて表現することができる美術の特性に触れながら、作家が惨状や恐怖をどのように記録・再現し、他者と共有して未来に語り継ごうとしているのかについて考察します。
会場に入ると冒頭に現れるのがこちらの作品です。
「全ての創造は、破壊から始まる。」と言う言葉はパブロ・ピカソの言葉。作品の中にその言葉を見つけました。
堀尾貞治は阪神淡路大震災の被災者で、心象風景をドローイングに表現しています。
スイス人作家「クリストフ・ドレーガー」は、報道写真をジグソーパズルにプリントしています。この作品は、ビルの脆さをパズルのピースと重ね合わせて対比させています。
台湾人アーティスト「ホァン・ハイシン」の作品は、一見平和そうにに見える家族の食卓に異変が起こっています。
ヘルムット・スタラーツ氏の作品は使用素材に「animal blood(動物の血)」とクレジットされてありました。この作品は圧倒的な力を感じた作品でした。
平川恒太氏の《Black color timer》は、108個の電波時計の上に福島第一原子力発電所事故の作業員の肖像を黒い絵の具のみを用いて描いた作品です。
ミロスワフ・バウカ氏の《石鹸の通路》はホンモノの石鹸が壁に塗られています。
新生児や遺体の体を洗うこともあり、ガス室に送られる前のユダヤ人たちに手渡されたという歴史もある石鹸は、生と死の両面を切り取っている存在。それを踏まえてこの通路を通ってみると静かに変化する感情に気がつかされました。
アイザック・ジュリアン《プレイタイム》約60分の長編作品です。時間の余裕を持って鑑賞したいですね。
各アーティストの作品は、それぞれの関係性についての明示はなく、それぞれの完成した作品が私たちに提示されているだけです。私たちはそこからカタストロフを再認識し、自分自身の方法で受け止めることを求められているようです。
セクションⅡ:破壊からの創造―美術のちから
セクションⅡでは、破壊から創造を生みだす「美術のちから」を紹介します。
大惨事や悲劇は私たちを絶望へと突き落としますが、その一方で惨状が作家の作品制作の契機となることも事実でしょう。アーティストの豊かなイマジネーションによって制作された、再生、復興、より良い社会が表現された作品は、私たちに理想の未来について考える想像力を与えます。
美術は、医学と異なり大惨事に対しての即効薬にはならないかもしれませんが、代わりに社会に対する長期的な治療薬となりえるのではないでしょうか。希望のメッセージを伝達するものや、抑圧に対する団結のためのツールとして機能するもの、チャリティとして経済的な貢献をするもの、傷ついた心を癒すものなど、美術にはさまざまな力があります。
このような美術が持つ、負を正に転ずる「ちから」に注目し、その可能性を問いかけます。
セクションⅡのスタートはこちらの壁画です。アイ・ウェイウェウイ《オデッセイ》は難民問題をテーマにした作品です。私たち日本人にはなじみが薄い問題かも知れませんが、敢えて、この問題を冒頭に提示される意味を考えてしまいます。
Chim↑Pomは福島原発の問題発覚時、実際に現地入りして報道が真実を伝えているのかを確認しました。
今回の企画の目玉は参加型のインスタレーション、オノ・ヨーコ《色を加えるペインティング》です。
2年前にも発表された本作は、本展で来場者も参加して完成される作品。壁や床、船に各々が好きなメッセージを描いていく企画です。
展覧会を訪れた際には、ぜひメッセージを残してみてください。筆者も残しておきました。
まとめ
広い美術館の会場に、多くのアーティストが「カタストロフ」を意識してたくさんの作品を残している展覧会でした。こんなにたくさんのアーティストたちが色々な「カタストロフ」への意識を働かせ、真剣に向き合っていると言うことが分かりました。
こうした作品の数々に触れると、それぞれの作品テーマから伝わるメッセージを受け、今までの自分では気がつかなかった問題意識や新たな視点、新たな考え方などが生まれてくるようです。
最後のインスタレーションでは、本展を通じて意識を新たにした自分自身が、次にどのような行動に移すのか?ということを試されているようで、しばし自問します。
鑑賞だけでは終わらず、これから進んで行くべき、自らの行動が試されるのです。
概要
カタストロフと美術のちから展
会場:森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階)
企画:近藤健一( 森美術館キュレーター)
会期:2018年10月6日(土)―2019年1月20日(日)
開館時間:10:00-22:00|火 10:00-17:00
*いずれも入館は閉館時間の30分前まで *会期中無休
入館料:一般 1,800 円、学生( 高校・大学生 )1,200 円、子供(4 歳―中学生 )600 円、シニア(65 歳以上 )1,500 円
出展アーティスト・プロジェクト
艾未未(アイ・ウェイウェイ)
シヴァ・アフマディ
ミロスワフ・バウカ
坂 茂
Chim↑Pom
トーマス・デマンド
クリストフ・ドレーガー
藤井光
畠山直哉
モナ・ハトゥム
平川恒太
トーマス・ヒルシュホーン
堀尾貞治
ハレド・ホウラニ
黄海欣(ホァン・ハイシン)
HYOGO AID ’95 by ART
池田 学
アイザック・ジュリアン
ヒワ・K
加藤翼
オリバー・ラリック
エヴァ&フランコ・マッテス
宮島達男
宮本隆司
オノ・ヨーコ
ジョルジュ・ルース
カテジナ・シェダー
ヴォルフガング・シュテーレ
ヘルムット・スタラーツ
スウーン
武田慎平
田中功起
ジリアン・ウェアリング
米田知子
他